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「マグノリアの花たち」を見て  ~発症時に言われた事/回想~

4日(土)。
再診日の夜、TVで日本語字幕付きの「マグノリアの花たち」を見た。
(映画が公開されたのは1989年)
ジュリア・ロバーツ、キレイだったな~。
(出演者の名前は、彼女しか解らず・・・)


ウィキペディアを見たらば。

作品が生まれたきっかけは、ロバート・ハーリングの妹スーザンの死であった。
1型糖尿病患者だった


・・・ということは、スーザンが亡くなったのは1989年より前ってことか・・・
(で、一応、亡くなった人の名前で検索したらば。
”あなたの心を壊す”「鋼のマグノリアの背後にある実話」”という記事を発見。
それによると、彼女は1983年に出産した後に腎臓が機能しなくなった、と。
そして母の腎臓を移植したけれども、1985年に33才で亡くなったとあった)

1型糖尿病患者としてのアタシは。
(たぶん)主人公・シェルビーの闘病生活だけを追って欲しかったな、と思う。
当時、1型糖尿病と診断する基準は何だったのかを知りたいし。
どんな苦労があったのか知りたいっていう気持ちもあり。
その苦労を知れば、自分の苦労など撮るに足りないと思えるんじゃなかろうか。
そして。
この先何があろうとも、折れない心を持つことが可能かもしれないと。。。
めげてる場合じゃないぞ、と自分を奮い立たせることが出来るかも、と。
1型糖尿病というものがどういうものか、広く知られるようになるかも・・・とも。

ああ、なるほど。
シェルビーは1型糖尿病だったんだね。
店で髪の毛のセット中、急に痙攣しだしたのにはビックリしたけど。
変なことを言ったりしたりするほどの低血糖だったんだ。
たぶん、血糖は50、40以下だったかもしれないな。
作中では、ジュースを飲んでた。
・・・低血糖から回復する時間が短すぎると感じたけど・・・
たぶん、録画時間の関係だと思うんで、まぁ良いや。

そう言えば。
アタシが1979年に糖尿を発症した時に強制入院させられたんだけど。
小児病棟で低血糖を起こした時に言われたなぁ。
”(液状のぶどう糖入りの)Hi-Cを100mlほど飲め”って。
そして。
”果汁20%の(ブドウ糖果糖液糖入り)清涼飲料水が無ければ砂糖をクチに含め!”って。
”角砂糖なら3個ほど、スティックシュガーなら3g~10g!って。
”10分ほど経っても症状が変わらなければ、また100ml追加”とか。
”量には注意しろ、血糖が上がりすぎると怠くなったり・・・体調が悪くなる”とも。

当時のインスリンは現在のモノほどは効かなかったので。
すい臓でインスリンを作れなくなってしまったアタシは・・・
一旦血糖が上がってしまうと、下げるのが大変だった。

そして。
映画の中の、主人公(だと思うけど、違うかも?)シェルビーのセリフ。
主治医に「(子供は)すすめない」的な事を言われたっての。
これ、アタシも言われたことがある。

アタシはシェルビーとは住んでいる国が違って日本だけど。
14才で日に複数回のインスリン注射が必須の若年型糖尿病を発症して。
(現在の1型糖尿病)
中学か高校生の時、小児科の主治医に「結婚、妊娠・出産できる?」と聞いたことがある。
その時、主治医に鼻で笑われて。(もしかしたら、そう見えただけかも?なんだが)
それ以上、聞くことを諦めてしまった。
(たしか、その頃は)「アクトラピッド」とか「モノタード」とかいうのを使ってたと思う。
ちなみに、母もインスリンを打っていたけど、かなり長い間「レンテ」を打っていた。
(まだインスリン自己注射に保険がきかなかったため、インスリン代が高かったハズだし。
バイアルから注射器に吸い取る方式だから同じのを使えばいいのに。
何故、違うものを使うのか解らなかったんだけど。
たぶん、効き方が違ったんだろうと推察するも、40年以上前なので解らん ^^;)

で。
成人できるとは思っていなかったアタシは。
20才くらいの時、(1回目の時と同じ主治医に)また聞いてみた。
そしたら、諦めろとは言わなかったけども、”妊娠・出産は、やめといた方が良い”。
そんなことを言われたんだった。
理由は”腎臓が悪くなるから”ってことだった。
(これ、インスリンを打っていない患者にも当てはまるのかどうか、知らないけど)


そして。
(妊娠した)母は糖尿の合併症がすすむかもしれない、とか。
(生まれる)子供は先天性の異常などがある可能性が、と言われた。
ある程度まで腎症がすすんでいると妊娠・出産の許可が出ないとか。
妊娠中は、カロリーや体重、血糖に厳しい制限が・・・とも。
かなり脅かされた。
(でも、(小児の時に発症した)若年型の患者会に出た時に。
他の人(1/3ほどの人)が発症から15年くらいで失明とか透析寸前とか。
胃腸の調子が悪いとか足が痺れてるとか言ってた。
だから、現在、病歴40年超のアタシに合併症が出ていないのは奇跡だと思う)

で、妊娠・出産のことについて考えてみた。
食べたら、血糖が上がる。
妊娠していなくても上がるのに、妊娠したら子供の分も食べなければならない。
食べなければ子供が育たない。
だから、ムズカシイのだと。
食べ過ぎれば高血糖になり、子供にも悪影響が出るかも・・・。
(当時は血糖測定器が無く、尿糖試験紙を使っていたので。
血糖のコントロールが難しかった。
低血糖は、運動し過ぎなければ心配いらないくらいだったけど)
子供が生まれてからは、数時間おきの授乳や世話で寝不足とか。
ユックリご飯を食べていられないとかで低血糖になったりするかも、と。
そんな状態で食後に運動しろったって無理。
疲れて、それどころじゃないよ。

う~ん、、、
スーザンが亡くなったのが1985年ということなので。
日本とアメリカでは使っていたインスリン製剤が違うかもしれないけども。
まだヒトインスリンを使っていなかったかもしれないな、と思うし。
たとえ、身の回りのことをしてくれたり気にかけてくれる人がいたとしても。
アタシよか、大変な思いをしていたっていうのは間違いないと思う。

で、1985年というと。
その頃、アタシは20才で、糖尿発症から6年。
まだ、ウシインスリンやブタインスリンを打っていた頃だと思う。
このインスリンは、食前30分に打ち、ゆっくり長く(6~8時間)効くものだった。
一旦血糖が上がってしまったらなかなか下がらなかったので。
食べるモノや量を制限したり運動したりするしかなく。
(運動は毎食後30分から30分間、運動後すぐの脈が120前後になるようにと言われてた)
まだ血糖測定器も保険適応になったかどうか?という頃で。
尿糖試験紙で血糖の状態を知るしかなかった頃かな。
(現在、日本で血糖測定器が保険適用になるのはインスリンを打っている患者)

(インスリン製剤の名前は忘れたけど)
いつの頃からか、ウシインスリンやブタインスリンと言われるものを使わなくなり。
ヒトインスリンとかいうのが出来たりしたんだけど。
40単位/1ml というのしか無かった時代があった。
たぶん、1990~2000年頃かな?調べ方が解らないけど。
いつの間にか製造中止されたので。
現在、インスリンは100単位/1mlのモノしかないと思う。
これも、現在の100単位/ 1mlのインスリンに比べるとなかなかに効きが悪くて。
いつでもどこでも高血糖との闘いだったな。
(その後、色々な効き方・効果時間のインスリンがたくさん出た、、、と思う)

インスリンの、40単位/ 1mlと100単位/1ml。
何が違うかって、よく解らないんだけども。
おなじ1ml という容器に入る単位数が違うんだから・・・
たぶん、40単位のより100単位のモノの方が組成というか、粒というか?が小さくて。
たくさん入るんだと思う。
たくさん入るってことは、効きやすいのかな、と。


ああ、何が言いたいか解らなくなってしまったけど。
映画の主人公、シェルビー。
彼女は子供を産んだ後、しばらくして。
周りの人に腕(多分、シャント)をみられて人工透析していることがバレてたんだけど。
自分の母親の腎臓を移植することが決まっていると言い。
実際に移植。

で。
ある時、子供を抱っこしようとして抱き上げられず。。。
次のシーンは、病院のベッドに機械で繋がれた彼女が寝ていて。
意識が戻らないまま亡くなるんだけども。
倒れたのは、酷い低血糖で昏睡状態(脳に障害が?)になったのか?
それとも、他の合併症(もしくは感染症)だったのか?
糖尿病からの慢性腎不全、人工透析導入となると。
長い間、血糖が高い状態であったと思われるので。
神経や眼、腎臓、心臓などの臓器に合併症が出ていたかもしれないし。
もしかしたら。
ちょっとした傷から菌が入って壊疽とか感染症になったかも、だし。
なぜ亡くなったのか、原因はハッキリしないのかな。
原因は一つではなかった可能性も。。。

*****

アタシは感染症は膀胱炎だけ経験、合併症は無いので。
これは、いまは亡き、2型糖尿病だった母のことだけど。

感染症とか合併症といえば。
アタシが14才で糖尿を発症して小児病棟に強制入院して。
アタシの退院と入れ違いで、膀胱炎をこじらせて腎盂腎炎に。
(血糖が高かったので、手術前に1ヶ月ほど調整が必要だった)
で。
手術の時に大量の輸血をして、拒絶反応などで死にそうになった。
その後からかな。
母の、糖尿病の合併症が目立つようになったのは。
軽い脳卒中とか高脂血症とか、、、骨粗しょう症なども。。。
で。
あちこちの科にかからねばならず、通院の付き添いや介護が大変だった。
薬の量も凄かった。
薬、で覚えているのは慢性腎不全のだったかな、アーガメイトゼリー。
あれは重い上に嵩張って、持ち帰るのが大変だったし食べさせるのも大変。
アップルの香りの粉が付いていたけど、あまり効果が無かった。
腎不全(ほぼ末期)で食欲がない上に吐気があるし、不味いとかで。
食べさせるのが至難の業だったのだ。
神経障害もあったので、消化吸収に難があって予期せぬ低血糖になったり。
・・・そういうのを見てきたから、極力、合併症を出しちゃいかん!て思うアタシ・・・

ある冬に。
母はホッカイロを下着に貼ったまま、うたた寝してしまって。
(貼ったまま寝ちゃダメなんだよ ^^;)
腹に低温ヤケドしたことがあるんだけども。
どうやら、あまり熱く感じなかったようで。
(多分、神経障害とか、、、すすんでたのかも)
傷口が膿んでしまい、医師の指導の下、アタシが消毒などしたんだったな。
それがね、血糖が高いためになかなか治らず。
いつまでもジクジクしたままだったのを覚えている。
あああ!傷口のニオイを思い出しても~た(-"-)

その15年後くらいかな。
母は透析寸前で、アチコチに合併症が出ていて大変だったんだけども。
”(延ばし伸ばしになっていた)人工透析用のシャントを来月こそ作らなきゃダメだ!
もう引き延ばせない!”と主治医に言われていた時に。
急に『息が苦しい』と言い出したので、病院に連れて行ったら。
≪肺に水が溜まってる。肺炎≫と言われて緊急入院になった。
・・・医師は言わなかったが・・・
アタシは糖尿病性腎症からの、だと思う。
母のトイレに付き添うってのは無かったのでアタシは知らなかったんだけども。
あまり尿が出なくなっていたらしく、入院時にはかなり浮腫んでいたから。
どうにもならなくなって、肺に水がたまったのだと思う。
すでに腎症末期と言われていたのに年単位でシャント手術をすっぽかしてたので。
薬が効かない、とかで。(まぁ、効かないだろうね・・・)
≪陸に居ながらにして溺れているような感じ≫と説明された。
・・・それ、すんげぇ~苦しいじゃん・・・(-"-)

至急、人工透析が必要だとのことだったけど。
シャント手術しても、2週間ほどは使えないのだそうで。
でも、尿が日に100~200ccしか出ないから待てない!って。
首から緊急人工透析をするも。
何回目かの時に血圧が低くなりすぎて命がキケンということで透析中止。
・・・中止したら2~3日で亡くなると説明を受けた・・・
そして。
母、永眠。
(永眠する寸前にウチに来たのが、北海道犬のホクだった。
母の入院中に来たので、携帯で撮った写真をセブンイレブンでプリントして。
それを持って行ったら、とても喜んでた。
呼吸が苦しいのでノドを切開するために全身麻酔する時、手に写真を持ってた)

母には、アタシが未だ出現していない糖尿病と合併症の怖さをみせつけられた。
ある意味、トラウマ。
で。
書いていて、怖くなった。
アタシも、身体にキズなどないか、毎日調べなくちゃ。
傷口から菌が入ったら、膿んでしまうかもしれないし。
それが元で、大変なことにある可能性もあるのだから。
なんにしても、とりあえず。
早期発見、早期治療が一番だと思う。
感染症ってのは、なかなかに怖い。
でも、早いうちなら、なんとかなるかもしれない。



途中で何を書いているのか解らなくなったし。
書いて公開したつもりが下書きになっていたけど。
気分転換して、終わろうと思う。

北海道犬・ゆゆん(15才)の頭が、かなり斜めになってる。
高齢だから歩みがユックリになっているのはしょうがないけど心配。

IMG_5814_20230308024752941.jpg



縄文柴犬のチャー(姉・4才9ヶ月くらい)

IMG_5834.jpg



縄文柴犬のスー(妹・3才6ヶ月くらい)

IMG_5818.jpg

わんズは今日も元気だった。
嬉しい。



IMG_5900.jpg

毎日、色々と思うことはあるけど。
とりあえず、元気出していこ~。



テーマ : 病気と付き合いながらの生活
ジャンル : 心と身体

プロフィール

一(はじめ) 

Author:一(はじめ) 
(ゆゆんのつぶやき)


聴覚障害あり 

1型糖尿病。
14才の夏(1979年)に 
「若年型糖尿病」を発症した。

いまのところ(2024年2月)、治療が必要な合併症無し。

*****

 
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