21:00の低血糖、61 ~対処してみた~
はぁ~、危ない危ない。
気分は「なんで???」
困惑したわ~。

28日の夕飯前の血糖は、86

なので、ヒューマログを定量打って夕飯を食べ。
その後、北海道犬・ゆゆんの散歩したあとで。
いつもの一人散歩をしたんだけど。
21:00の血糖が、61だった。

なぜに~?!
いつもと同じようなものを食べたし、特別なことしてないのに!
それに。
いつもなら、低血糖の時は頭痛や手の震えなどがあるんだけど。
今回は低血糖の症状を感じなかったので、ビックリした。
まぁ、とりあえず。
定時(21:00)うちのトレシーバを19単位打って。
その後、「クックダッセ」というクッキーを2枚食べてみた。

炭水化物は、1枚につき4.5gなので。
×2枚=9.0g。

アタシの場合、炭水化物1gでどのくらい血糖が上がるか知らんけど ^^;
そして、好奇心で。
22:00頃、血糖がどのくらい上がったかな?と思い、血糖測定を。
105だった。

まぁ、いい感じになった。
多分、夜中の低血糖はならない・・・と思う。
*****
前記事で書いたのは。
ガラスの注射器を使っていたのはいつだったのか?ってこと。
1979年に自分が発症した時にはプラスチックの使い捨てだったし。
いまは亡き母から聞いていた・・・
”あさ、病院でインスリンを打ってもらわなきゃならない時があった”っていうの。
(母は、そういう経験はなかったそうだけど)
で。
これまた、ふと・・・
そういえば、リリーインスリン50年賞ってのがあるって、どこかで見たなぁと思って。
アタシが糖尿を発症したのが、1979年。
いまから44年前?
だけど、まだ、自己インスリン注射が許されてないっていうか。
保険適用になってなかったんだよねぇ ^^;
(でも、アタシと母はプラスチックの使い捨て注射器とインスリンのバイアルを1ヶ月分。
多分、2~3本、バイアルをもらってた)
・・・1971年に日本糖尿病協会は11万4千人の署名を集めたけど。
インスリンの自己注射が保険で認められたのは1981年・・・
ってことは。
リリーインスリン50年・・・の人は、自己インスリン注射が保険で認められる前から。
医師にインスリン注射がどうしても必要な患者と認められて。
まぁ、秘かに?処方され、インスリンを打ち続けてきたってことになるのかな。
(小を受けた人たちの言葉を読んでみたら、ほとんどが小児発症だった。
昔は小児発症の糖尿病と言えば「若年型糖尿病」と診断されたのかも。
実際、すい臓がインスリンを作れなくなる若年型とかインスリン依存型、1型と言われる糖尿なんだと思う)
で。
母から”ガラスの注射器を煮沸消毒しなければ・・・”の時代があったというので。
自分は恵まれているんだな、と思い。
それがいつ頃までだったのかをずっと知りたかったんだけど。
小児科外来とか、患者会に行っても聞くことが出来なかったんだよねぇ。
実際には、医師や看護師さん、インスリンを打っている患者に聞いてみたんだけど。
解らない、で済まされてた。
プラスチックの使い捨て注射器が出来たのが1974年(昭和30年頃)くらいらしいけど。
聞いたのが、1990年頃だからねぇ~^^;
実際に煮沸消毒していた人達は、結構な年齢になってたんじゃないかと。。。
(自分と同じ若い患者と知り合うことが無かったから60才くらいの2型の人達に聞いた)
そしたらば。
みんな、、、「若いのにインスリンを打つほど悪いのか」って言うんだよねぇ。
どうやら、発症した時点でインスリン注射が必須な糖尿病があるってことを知らなかったみたい。
(当時、糖尿病歴14年だった母も、アタシが発症するまで知らなかったらしい)
疑問があるんだけど。
インスリン注射が必須ではない糖尿病を発症した人ってのは。
医師から、病名をなんて言われたのかな。
若年型とか成人型、インスリン依存型とかインスリン非依存型、1型とか2型。
そういう病名ではなくて。
ただ、「糖尿病」って言われたのかな。
そして。
「2型糖尿病」と言われたとしたら。
2って、なんだ?って思わないのかな。
(アタシは、2があるなら1ってのもあるのかな?とか。
他の型もあるのかな?って思うんだけど・・・)
話が逸れた。
で。
前記事を書いた後で、ふと、目にした「赤鼻のトナカイ」の歌詞。
♪暗い夜道はピカピカのお前の鼻が役に立つのさ♪ってのを読みながら。
ああ、アタシの好奇心が役に立ったんだ、って。
思ったら泣いてた ^^;
なんで泣くのか、解らんけど。
アタシ、疲れてんのかな。
さて。
気分転換しよう~
高齢の北海道犬・ゆゆん
歩き方に波があって、元気な時とそうでない時が・・・。
散歩に行きたがる限りは、歩ける限りは、連れてくつもり。

アタシが抱っこしようとすると反射的にクチが迫ってくるので~・・・
キケンなので、ゆゆんが歩けなくなったら兄にお任せするしかない。
縄文柴犬姉妹は・・・今日も今日とて、ジャレあいを。
上:チャー(姉) 下:スー(妹)

う~ん、上から見ると見事なくらいに二等辺三角形の頭だね。
それが、正面から撮るとこんなだなんて・・・ほとんどサギだわ・・・。
ア~タら、、、どんだけ皮膚が余ってる・・・
いや、毛が長いのかもしれないけど、余ってんのよ?と思う ^^;
チャー

スー

なんとなく、スーが拗ねてる感じがする。

あああ、ホコリが~・・・
掃除しなきゃ。

毎日、いろいろあって。
心折れそうになるけど。
ナントカ、それなりにでも行きあたりバッタリでもいいから対処して。
明日は明日の風が吹く!と信じよう。
で。
寝て起きたら、カラでもいいから元気出していこ~。
気分は「なんで???」
困惑したわ~。

28日の夕飯前の血糖は、86

なので、ヒューマログを定量打って夕飯を食べ。
その後、北海道犬・ゆゆんの散歩したあとで。
いつもの一人散歩をしたんだけど。
21:00の血糖が、61だった。

なぜに~?!
いつもと同じようなものを食べたし、特別なことしてないのに!
それに。
いつもなら、低血糖の時は頭痛や手の震えなどがあるんだけど。
今回は低血糖の症状を感じなかったので、ビックリした。
まぁ、とりあえず。
定時(21:00)うちのトレシーバを19単位打って。
その後、「クックダッセ」というクッキーを2枚食べてみた。

炭水化物は、1枚につき4.5gなので。
×2枚=9.0g。

アタシの場合、炭水化物1gでどのくらい血糖が上がるか知らんけど ^^;
そして、好奇心で。
22:00頃、血糖がどのくらい上がったかな?と思い、血糖測定を。
105だった。

まぁ、いい感じになった。
多分、夜中の低血糖はならない・・・と思う。
*****
前記事で書いたのは。
ガラスの注射器を使っていたのはいつだったのか?ってこと。
1979年に自分が発症した時にはプラスチックの使い捨てだったし。
いまは亡き母から聞いていた・・・
”あさ、病院でインスリンを打ってもらわなきゃならない時があった”っていうの。
(母は、そういう経験はなかったそうだけど)
で。
これまた、ふと・・・
そういえば、リリーインスリン50年賞ってのがあるって、どこかで見たなぁと思って。
アタシが糖尿を発症したのが、1979年。
いまから44年前?
だけど、まだ、自己インスリン注射が許されてないっていうか。
保険適用になってなかったんだよねぇ ^^;
(でも、アタシと母はプラスチックの使い捨て注射器とインスリンのバイアルを1ヶ月分。
多分、2~3本、バイアルをもらってた)
・・・1971年に日本糖尿病協会は11万4千人の署名を集めたけど。
インスリンの自己注射が保険で認められたのは1981年・・・
ってことは。
リリーインスリン50年・・・の人は、自己インスリン注射が保険で認められる前から。
医師にインスリン注射がどうしても必要な患者と認められて。
まぁ、秘かに?処方され、インスリンを打ち続けてきたってことになるのかな。
(小を受けた人たちの言葉を読んでみたら、ほとんどが小児発症だった。
昔は小児発症の糖尿病と言えば「若年型糖尿病」と診断されたのかも。
実際、すい臓がインスリンを作れなくなる若年型とかインスリン依存型、1型と言われる糖尿なんだと思う)
で。
母から”ガラスの注射器を煮沸消毒しなければ・・・”の時代があったというので。
自分は恵まれているんだな、と思い。
それがいつ頃までだったのかをずっと知りたかったんだけど。
小児科外来とか、患者会に行っても聞くことが出来なかったんだよねぇ。
実際には、医師や看護師さん、インスリンを打っている患者に聞いてみたんだけど。
解らない、で済まされてた。
プラスチックの使い捨て注射器が出来たのが1974年(昭和30年頃)くらいらしいけど。
聞いたのが、1990年頃だからねぇ~^^;
実際に煮沸消毒していた人達は、結構な年齢になってたんじゃないかと。。。
(自分と同じ若い患者と知り合うことが無かったから60才くらいの2型の人達に聞いた)
そしたらば。
みんな、、、「若いのにインスリンを打つほど悪いのか」って言うんだよねぇ。
どうやら、発症した時点でインスリン注射が必須な糖尿病があるってことを知らなかったみたい。
(当時、糖尿病歴14年だった母も、アタシが発症するまで知らなかったらしい)
疑問があるんだけど。
インスリン注射が必須ではない糖尿病を発症した人ってのは。
医師から、病名をなんて言われたのかな。
若年型とか成人型、インスリン依存型とかインスリン非依存型、1型とか2型。
そういう病名ではなくて。
ただ、「糖尿病」って言われたのかな。
そして。
「2型糖尿病」と言われたとしたら。
2って、なんだ?って思わないのかな。
(アタシは、2があるなら1ってのもあるのかな?とか。
他の型もあるのかな?って思うんだけど・・・)
話が逸れた。
で。
前記事を書いた後で、ふと、目にした「赤鼻のトナカイ」の歌詞。
♪暗い夜道はピカピカのお前の鼻が役に立つのさ♪ってのを読みながら。
ああ、アタシの好奇心が役に立ったんだ、って。
思ったら泣いてた ^^;
なんで泣くのか、解らんけど。
アタシ、疲れてんのかな。
さて。
気分転換しよう~
高齢の北海道犬・ゆゆん
歩き方に波があって、元気な時とそうでない時が・・・。
散歩に行きたがる限りは、歩ける限りは、連れてくつもり。

アタシが抱っこしようとすると反射的にクチが迫ってくるので~・・・
キケンなので、ゆゆんが歩けなくなったら兄にお任せするしかない。
縄文柴犬姉妹は・・・今日も今日とて、ジャレあいを。
上:チャー(姉) 下:スー(妹)

う~ん、上から見ると見事なくらいに二等辺三角形の頭だね。
それが、正面から撮るとこんなだなんて・・・ほとんどサギだわ・・・。
ア~タら、、、どんだけ皮膚が余ってる・・・
いや、毛が長いのかもしれないけど、余ってんのよ?と思う ^^;
チャー

スー

なんとなく、スーが拗ねてる感じがする。

あああ、ホコリが~・・・
掃除しなきゃ。

毎日、いろいろあって。
心折れそうになるけど。
ナントカ、それなりにでも行きあたりバッタリでもいいから対処して。
明日は明日の風が吹く!と信じよう。
で。
寝て起きたら、カラでもいいから元気出していこ~。
テーマ : 病気と付き合いながらの生活
ジャンル : 心と身体